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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)513号 判決

控訴人 被申請人 株式会社 朝日新聞社

訴訟代理人 岩田宙造 外二名

被控訴人 申請人 相場広正 外一名

訴訟代理人 森長英三郎

主文

原判決を取消す。

東京地方裁判所が被控訴人等と控訴人との間の同庁昭和二十三年(ヨ)第二八九七号仮処分申請事件につき、昭和二十三年十一月三十日なした仮処分決定は、これを取消す。

被控訴人等の本件仮処分申請は、これを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、控訴代理人において、原判決事実摘示中、第三被申請人(控訴人)の主張二の(二)の(2) の(は)に記載された事実(記録第四百三十四丁裏六行目以下八行目)は当審においては主張しないと述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

疏明として、被控訴人等代理人において、新に甲第二十号証乃至第二十三号証を提出し、当審における証人松井透、福田英四郎の各証言、被控訴人相場広正、同近藤三雄の各本人訊問の結果を援用し、乙第二十五号証の成立は不知と述べ、控訴代理人は更に当審における証人岡部一郎、佐藤隆、伊藤粂三、矢島八洲夫、丸岡直次、吉沢勝美の各証言を援用し、乙第十三号証の一の写真は本件爭議当日に、また同号証の二乃至五の写真はその一両日後にそれぞれ撮影されたものであると述べ、甲第二十一号証及び第二十三号証の成立は認めるが、同第二十号証並びに第二十二号証の成立は不知と答えたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

第一、被控訴人両名は、いずれも控訴会社の従業員であつて、被控訴人相場広正は、昭和七年以来控訴会社東京本社印刷局活版部に、また被控訴人近藤三雄は昭和十四年以来同社印刷局印刷部に、それぞれ勤務していたものであり、且つ被控訴人等は、いずれも全日本新聞労働組合の組合員として、同組合朝日支部東京分会に所属しているものであること、右組合朝日支部は、昭和二十二年から懸案であつた新給与体系について、控訴会社と団体交渉を続け、昭和二十三年十月八日給与体系そのものについては、両者の意見は一致したが、スライド率に関しては妥結を見るに至らず、ついに同月十四日午前一時朝日支部は闘争宣言を発し、闘争態勢をとるに至り、次いで同日午後二時四十分ストライキ態勢に入り、続いて同日午後五時朝日支部の東京、大阪、西部の各分会印刷局並びに中部分会活版部、印刷部はストライキに入り、同日午後七時までこれを継続したこと、控訴会社は、同月二十一日、被控訴人相場を、本件活版部における争議の責任者として、同人は、「会社側事前の警告を無視し、正当な要求を拒否したのみならず、組合行動隊並びに一部職場組合員を率いて、通路遮断、業務妨害を指揮し、積極的に会社の新聞発行の業務を妨害した。」という理由により、控訴会社の従業員就業規則第十条、第十一条、第六十五条に違反するものとして、解雇する旨の意思表示をなしたこと、控訴会社は、同月二十七日、被控訴人近藤を、本件印刷部におけるストライキに際し、同人は、「部課長が輪転機を操作して新聞を印刷することを、腕力を用いて妨害し、更に組合員を指揮して、巻取紙を切断したり、スクラムを組んで、部課長が輪転機に近接することを阻止したりして、会社の新聞発行の業務を妨害した。」という理由により、前記就業規則に違反するものとして、解雇する旨の意思表示をなしたこと、はいずれも本件当事者間に争いがない。

よつて被控訴人等が、本件解雇の意思表示を無効なりとなす論拠について、逐次その検討を加えることゝする。

(一)  労働関係調整法(旧)第四十条違反を理由とする無効原因の存否。

被控訴人等は、本件解雇は被控訴人等が争議行為をなしたことを理由としてなされたものであるから、労働委員会の同意を要するものであるに拘らず、その同意を得ていないから、労働関係調整法(昭和二十四年法律第百七十五号を以て改正された前の法律)第四十条に違反して無効であると主張する。

前記労働関係調整法第四十条には、「使用者は、この法律による労働争議の調整をなす場合において、労働者が争議行為をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱をすることはできない。但し労働委員会の同意があつたときは、この限りでない。」と定めているが、この規定は、労働争議における労働者の如何なる行為をも、全面的に保障せんとする法意ではなく、その保障せらるゝ労働者の行為には、自から限度が存するものと解すべきであるから、まず批判の対象となるべき、本件争議における被控訴人等の所為が、具体的に如何なる形態、性格のものであつたかを、次に検討する。

乙第十三号証の一乃至六(その撮影日時の点を除き成立に争いない)、原審証人富永正義、鈴木総一、三浦甲子二、谷部晋一、五十嵐毅一郎、金丸泰蔵、牧野洋、当審証人福田英四郎、岡部一郎、丸岡直次、吉沢勝美、原審並びに当審証人松井透、矢島八洲夫、佐藤隆の各証言、当審における被控訴人相場広正及び同近藤三雄の各本人訊問の結果(但し以上各証人の証言並びに被控訴本人等の各供述中、後記認定に牴触する部分は採用しない)を綜合すると、次の事実が一応認められる。

(イ)  昭和二十三年十月十四日午後五時前記組合朝日支部の東京分会印刷局がストライキに入るや、朝日支部闘争委員会は、ストライキ実施の最高機関として、ストライキを指揮して、その実施にあたるとともに、闘争委員会が特に指令しない突発的事項については、各職場の委員その他の指揮者が、その責任を以て、事態を処理することゝ定め、又ストライキ参加者に対しては、闘争委員の指示に従い、整然と行動すべきこと、或いは会社側の施設をこわしたり掲示を破いたりしないようにすることなどの指示を与え、ストライキが平穏に行われることを期待していた。

(ロ)  右組合のストライキ宣言に対し、控訴会社は、新聞の公共的使命にかんがみ、殊に当時は、内閣更迭の重要時期であり、かつ新聞購読需給調整の問題もあつたので、「最悪の事態に立ち至つても、重大時局にかんがみ、新聞はあくまでも発行する」という決意を各職場に徹底せしめるとともに、役職者、非組合員を以て、でき得る限りの限度において、新聞を発行する計画を立て、その準備に着手していた。

(ハ)  活版部においては、被控訴人相場は、右争議現場における防衛班長として、ストライキ実施の指揮にもあたつていたが、ストライキ突入直後、佐藤印刷部長等は、右職場に赴き、ストライキ中止や、ストライキ参加者の職場退出を、組合員に勧告しようとしたが、被控訴人をはじめ、その他の組合員の反対にあつて、その目的を達しなかつた、その直後活版部への出入口である所謂「Aドアー」及び「Bドアー」は、被控訴人相場の指示によつて、厳重に閉鎖され、しかも組合側防衛班員によつて監守されているので、控訴会社の役職員その他ストライキ不参加者において前述の如く、新聞発行の業務を進めようとしても、同通路から活版部に入ることができなくなつた、もつともその他活版部に通ずる出入口としては、所謂「Cドアー」と「Dドアー」があるが、これらは活版部関係者が通常用いている一般の出入口ではなかつた、かくて午後六時三十分頃控訴会社側関係者は、新聞発行の業務を強行するため、「Aドアー」から、敢て活版部に入らんとし、活版部員と扉の内外で押合をなしたが、遂に控訴会社側営繕課員の手によつて扉をはずして、活版部に入ることができたものの、同所で又両者の間に小競り合いを演じている内に、間もなく午後七時にストライキは解除となつた、以上の如く活版部においては、被控訴人相場の指揮による通路閉鎖によつて、控訴会社はストライキ開始よりその終了に至るまでの間、役職員並びにストライキ非参加者による、新聞発行の業務を阻害されたものである。その間控訴会社業務局発送部員の数名乃至十数名が、右「Aドアー」又は「Bドアー」前に現われ、組合員側と多少の紛争を生じたことはあつたが、右発送部員等が、ストライキ破りのみを目的としていたものとも認められず、又組合員側における前示通路の遮断が、専らストライキ破りに備えるための緊急措置とも考えられない。

(ニ)  印刷部の争議現場においては、被控訴人近藤が、副闘争委員長の地位にあつたため、事実上争議を指揮していたところ、ストライキ突入直後、富永印刷部長は、一ノ瀬次長、中山、小泉両副課長を指揮して、新聞発行の業務を遂行するため、第十六号、第十一号輪転機を操作して、印刷を敢行しようと試み、第十六号機の始動にかかつたので、被控訴人近藤は、ストライキ参加者に対し、「仕事をさせるな」、「機械をとめろ」、とか紙を切れなどと指示を下し、又富永印刷部長等に対しては、印刷作業の中止を要求し、同人等を押し出さんとしたため、両者の間に小競り合いを生じた、その後第十一号機も運転を始めたが、間もなく、ストライキ参加者によつて巻取紙が切断されたため、両輪転機とも運転が止つてしまつた、一方宣伝行動班員十数名が現場にて、輪転機側にスクラムを組み、労働歌を高唱し気勢をあぐるに至つたので、場内は騒然となり、これ以上の混乱を避けるためには作業を中止するの外、途なきに至つた、その間一台を除く残余の輪転機全部の巻取紙も切断された、又この間被控訴人近藤は、工務部に至り、係員の喜多村久雄に対し、輪転機関係の電動力スイツチを切断すべきことを強要した事実がある、かくて被控訴人近藤の指揮によつて争議現場において惹起された諸般の事態よりして、控訴会社は、役職員その他ストライキ非参加者による新聞発行の業務を阻害されるに至つたものである。

(ホ)  しかも叙上被控訴人等の本件争議における各所為は、いずれも闘争委員会の指示によることなく、被控訴人等の単独の決定によつて、断行されたものである。

(ヘ)  控訴会社は、右ストライキのため、二時間の間、新聞の印刷が不可能となり、その結果、地方(千葉、栃木、埼玉、宮城の各県)向け発送すべき十月十五日附朝刊合計二十四万部の列車積込が遅れ、一日以上の遅配となつたところも生じ、控訴会社の事業上の信用を毀損されたことも少くなかつたものである。

前示各認定に牴触する各証人の証言、被控訴人等本人の供述並びに各書証の記載は信用しない。

而して前記労働関係調整法第四十条に所謂「争議行為」には、違法なる争議行為をも包含するものと解すべきことは、原判決がその理由において説明する通りであるが、同条は、争議行為による不利益を、労資いずれの負担に帰せしめるのが衡平の観念に合致するか、という考慮に基いて制定されたものであるから、争議に際して行われた行為であつても、それが争議に直接関連のない行為であるとか、又はその行為が当然解雇に値するほど極端に違法なる争議行為であることが明瞭なときは、その行為を理由に、解雇その他の不利益処遇をする場合にも、なお労働委員会の同意を要するものとすることは、いたずらに労働者の保護に厚きに失し、労資間の衡平の原則に反することゝなるものというべく、従てかくの如き労働者の行為を理由とする解雇については、労働委員会の同意を要しないと解すべきである。

今これを本件についてみるに、ストライキは本来、労働者が労働契約上負うところの労務提供義務の不履行を以て、その本質となすものであるから、使用者がこれに対抗して独力で業務の運営を図らんとする際、ストライキ参加者は、これを積極的に妨害することは許されない。(本件について被控訴人等は、後述の団体協約乙号覚書により、控訴会社は正当な争議中の支部員の部署を他の如何なる者を以ても代置することはできないものであるから、控訴会社側関係者による業務の運営は、右団体協約に違反するものであると主張するけれども、後段において説明する通り、右団体協約乙号は当時既に失効しているから、その協約に附随する前示覚書も、その効力を失い、本件争議には適用されない。従て該覚書の有効なることを前提とする被控訴人等の主張は理由がない。)

而して本件争議に際し、闘争委員会の指示によることなく、被控訴人相場が活版部への通路を遮断し、また被控訴人近藤がストライキ参加者を指揮して、輪転機の巻取紙を切断し、或いは控訴会社関係者の印刷作業の実施を強いて抑圧し、又は輪転機の電動力の切断を図つたりしたことは、争議の際における労資間の対等の地位を破り、使用者たる控訴会社が当然遂行し得べき業務の運営を妨害したものであつて、被控訴人等の所為は争議に直接関連する争議行為の限度を逸脱したものと考えられるばかりでなく、その行為は、当然解雇に値するほど極端に違法なものであることが、明瞭な場合に該当すると解せられるから、前段において説明したように、被控訴人等の所為を理由とする本件解雇については、労働委員会の同意を必要としないものというべきである。

従て叙上の見解に反する被控訴人の主張は採用することができない。

(二)  団体協約違反を理由とする無効原因の存否。

被控訴人等は、前記全日本新聞労働組合と控訴会社との間に団体協約甲号が、また右組合朝日支部と控訴会社との間には団体協約乙号が締結されており、右団体協約甲号第三条には、「会社は従業員の雇傭並びに支部員の解雇、異動、懲罰については支部の承認を得なければならない。」との規定があり、また右団体協約乙号第三条にも、これと同趣旨の規定が存するにも拘わらず、控訴会社は本件解雇につき右朝日支部の承認を求めたことがないから、右各団体協約に違反するものとして、無効であると主張する。

元来右団体協約甲号は、日本新聞通信放送労働組合(以下旧組合と略称する)と控訴会社との間に、また団体協約乙号は右甲号協約に基き旧組合朝日支部と控訴会社との間に、いずれも昭和二十一年十一月三十日に締結されたものであつて、右甲号及乙号の団体協約の各第三条に、それぞれ被控訴人等の主張するが如き前記条項の定めのあることは、当事者間に爭いない。

控訴人は、前記旧組合は昭和二十二年七月二十八日解散し、同月三十一日新に全日本新聞労働組合(以下新組合と略称する)が結成せられたが、両組合は法律上別個の人格であるから、旧組合の解散によつて団体協約甲号は失効し、これに基いて締結された団体協約乙号もまたその効力を失つたものであると主張し、被控訴人等は、旧組合は改組されて新組合となつたものであつて、旧組合はそのまゝ新組合に吸収され、新組合の設立と同時に発展的解消を遂げて、新組合の中に存在するものであるから、社団法上の原則により新組合は旧組合の権利義務、従て右団体協約上の地位を承継したものであると抗爭する。

よつて前記旧組合及びその朝日支部と控訴会社との間に締結された右団体協約甲号並びに乙号が、新組合及びその朝日支部と控訴会社との間においても、依然として有効になお存続するものであるか否かを次に検討する。

成立に爭いのない甲第二十三号証、乙第十九号証、原審証人松井透、矢島八洲夫の各証言を綜合すると、前記旧組合は昭和二十三年七月二十八日の第五回臨時大会において、新組合結成と同時に旧組合を発展的に解消する旨の決議をなし、新組合は同月三十一日「アカハタ」社を除き、新に読売新聞社外数社を加えて結成され、こゝに旧組合は同年九月十一日その解散届をなし、次いで新組合は同年十月二十九日その設立届をなしたものであるが、右旧組合が解散し新組合の結成をみるに至つた所以は、旧組合では全国の新聞労働者の大同団結が困難であり、読売、毎日等の新聞社にして、これより脱退するものがあつて、全国的にみれば同組合に参加していないものも相当あるので、新組合を設立して、それらの統一団結を計り従来所属していた産業別組合協議会からも脱退して、面目を一新せんとする趣旨であつて、従て旧組合と新組合とでは、その思想的立場を異にするばかりでなく、その目的、組織、綱領、規約、構成員等においても相当重要な変更のあつたこと一が応認められる。この疏明を覆すに足る資料はない。

以上の経緯、状況からみれば、旧組合は形式的には勿論、実質的にも解散によつて消滅し、新組合は実体的にも旧組合と異なる別個のものとして新に設立されたものであつて、新組合は旧組合とは、法律上は同一性のない別個の組合と解すべきである。

もつとも前掲乙第十九号証並びに原審証人松井透の証言によると、旧組合においては、その解散に当り、旧組合の権利義務その他一切の法律上の地位を新に結成さるべき新組合に引継ぐべき旨の決議をなし、新組合も、これらの承継をなす旨議決した事実が窺われる。しかし新旧組合間における権利義務その他一切の法律上の地位の承継に関する決議があつたとしても、そのことのみを捉えて、新旧組合の実体的同一性を論証する根拠となすには足りないものと考える。

以上の次第であるから、旧組合と控訴会社との間に締結された前記団体協約甲号は、旧組合の解散によつて失効し、新組合にはその効力を及ぼすものではないというべきである。新組合が前述の如く、旧組合の権利義務その他法律上の地位を承継する旨決議したとしても、原審証人矢島八洲夫の証言によれば、右団体協約の当事者の一方たる控訴会社においては、右承継について、承認を与えたことのない事実が疏明されるから、前示承継決議の如何に関らず、控訴会社に対し、右団体協約の効力が当然に及ぶものと論断することはできない。

而して旧組合朝日支部は旧組合の一構成分子であるから、旧組合が解散して消滅した以上、同朝日支部も、その運命を共にし、同じく解散により消滅したものであり、従て同朝日支部と控訴会社との間において、前示団体協約甲号に基き締結された団体協約乙号もその効力を失つたものと解すべきである。被控訴人等は、旧組合朝日支部と新組合朝日支部とは、その実体が同一であり、単に名称が変更されたものに過ぎないから、新組合朝日支部については団体協約乙号上の地位の承継があつたものであると主張するけれども、朝日支部は組合の一構成分子であつて、旧組合の解散により、旧組合朝日支部も消滅したものであることは、前段において説明した通りであるから、被控訴人等の右主張は是認できない。

もつとも、被控訴人等の主張する如く、控訴会社においては、新組合設立後、同組合に対し、団体協約甲号及び乙号は失効したが、当面の暫定措置として、旧団体協約に準じて、便宜の処置をする旨通告したことは、控訴人の認めるところである。しかしながら、乙第十六号証(但し同証の内、被控訴人等において、控訴会社と新組合朝日支部との間の往復文書として、その成立を認める部分)並びに原審証人矢島八洲夫の証言を綜合すると、控訴会社は昭和二十三年八月二十日新組合に対し、前示通告をなすと同時に、この暫定措置を不適当とする事態が起つた場合には、直ちに右措置を取消す旨を断つておいたところ、同組合朝日支部は同年十月十四日闘爭宣言を発したので、控訴会社は直ちに、右通告の趣旨に則り、右暫定措置を取消すことを告知した事実が疏明される。

以上の事実によれば、控訴会社は、団体協約甲号及び乙号は既に失効したものであるが、当面の暫定措置として、該協約に準じて諸般の処理をなすべきことを通告したものであり、しかも右暫定措置は無条件にとられたものではなく、右暫定措置を不適当とする事態に立ち至つたときは、これを取消すことを条件としたものであつて、右朝日支部が闘爭宣言を発したことは、正に右にいわゆる「暫定措置を不適当とする事態が起つた場合」に該当するものと解するのが相当であるから、右条件の成就により、控訴会社が該暫定措置を取消す旨を通告したことは適法である。従て右取消により、前示団体協約甲号及び乙号の準用は、本件爭議行為当時においては、既に失効していたものというべきである。

被控訴人等は、右暫定措置を一方的に取消すことは、朝日支部が労働爭議をなしたことを理由に、組合を不利益に取扱うものであるから、労働組合法並びに労働関係調整法の精神からみて無効であると主張するが、前記団体協約は既に失効しているものであつて、ただ控訴会社において、当面の便宜上、右団体協約に準じて取扱うという暫定措置を、一定の条件の下に定めたものであるから、その条件の成就により、該暫定措置を取消すことは、毫も労働組合法若しくは労働関係調整法等の精神に違背するものではないと考える。

以上詳しく説明した通りであるから、本件解雇が前記団体協約甲号及び乙号に違反して無効であるとの、被控訴人等の主張は採用することはできない。

(三)  労働組合法(旧)第十一条違反を理由とする無効原因の存否。

被控訴人等は被控訴人相場は前記組合朝日支部東京分会委員、活版部委員長であり、被控訴人近藤は右東京分会副闘爭委員長、組織部長であるが、控訴会社は、このような組合役員を閉め出すため、会社就業規則違反に名をかりて、被控訴人等を解雇しようとするものであるから、かゝる解雇は労働組合法(昭和二十四年法律第百七十四号を以て改正された前の法律)第十一条に違反して、無効であると主張する。

よつて按ずるに、前記労働組合法第十一条は、使用者において、労働者が労働組合の組合員たること又労働組合の正当なる行為をなしたることの故を以て、その労働者を解雇することを禁止する旨を定めたものであるが、本件解雇は、控訴会社において、被控訴人等の主張するが如き意図の下に、名を就業規則違反にかりて、なされたものであるとの事情についてはこれを首肯せしめるに足る疏明が十分でないばかりでなく、却つて原審並びに当審証人矢島八洲夫の証言によれば、控訴会社においては、被控訴人等の処遇につき、役員会を開催し、愼重審議の末、本件爭議の際における被控訴人等の所為は、正当なる爭議行為の限度を逸脱する違法行為であつて、甚しく控訴会社の新聞発行業務を阻害するものであるとの結論に達したので、就業規則の定むるところに従い、被控訴人等を解雇するに至つたものであつて、本件解雇は、被控訴人等が右労働組合の組合員ないしは組合役員たるの故を以て、これを閉め出さんがために、なされたものではない事情を窺うことができるとともに、本件爭議における被控訴人等の所為は、既に前段において説明したように、労働組合の爭議行為としては正当なる範囲を逸脱し、違法なる行為と目すべきものであるから、本件解雇は、いずれの点からみるも、前記労働組合法第十一条に違反するところなく、従て被控訴人等の所論は理由がない。

(四)  就業規則を無効なりとする理由による無効原因の存否。

被控訴人等は、本件解雇の根拠となつている就業規則は、従業員の意見を徴することなく、一方的に作成されたものであるから、従業員を拘束する効力なく、又控訴会社は就業規則の内容を従業員に周知させておらず、その内容も封建的であるから、かゝる就業規則によつて被控訴人等を解雇することは許されないと主張する。

元来就業規則なるものは、使用者がその企業経営の秩序を確立し、これを維持するため、労働関係を集団的統一的に規律する目的の下に制定されるものであつて、その内容が、法令若しくは労働協約に違反しない限り、使用者において、労働者の承認を経ることなく、一方的に決定作成し得るものである。

ただ労働基準法は、その第八十九条において、使用者に対し就業規則の届出の義務を課し、第九十条において、就業規則の作成に当り、労働者の意見を聴くべきことを命じ、又第百六条において就業規則を労働者に周知せしめることを要請している。

今本件について、使用者たる控訴会社が、就業規則の作成に当り、叙上の手続を履践しているものであるか否かをみるに当審証人伊藤粂三の証言によつて成立を認める乙第十四号証の一、二、成立に爭いのない同第十四号証の三、四、原審証人矢島八洲夫、当審証人伊藤粂三の各証言を綜合すると、就業規則は労働基準法第八十九条、第百二十七条、同法施行規則第四十九条により同法施行後六ケ月内に、則ち昭和二十三年三月一日現在において、その届出をしなければならなかつたので、控訴会社においては予ねてからその原案を作成し、労働組合側の意見を求めていたが、控訴会社と組合との協議は容易にまとまらず、組合よりも意見書の提出なく、控訴会社も亦就業規則の届出ができなかつたところ、同年八月に至つて組合よりの意見書の提出があつたので、控訴会社は右意見書を具して同月十日右就業規則を所轄労働基準監督署に届出た事実、並びに控訴会社においては、各局部長を通じて所属従業員に右就業規則の周知普及に力めるとともに、社内各部に就業規則を備付け、或いは社内にもその掲示をなす等の方法により、一般従業員に、右就業規則を周知せしめた事実を一応認めることができる。前示各認定に反する各証人の証言並びに各書証の記載内容は措信しない。

従て控訴会社においては、右就業規則について、労働基準法の要求する叙上の各手続を履践したものであつて、被控訴人等の主張する如く、就業規則の作成につき従業員の意見を聴かず、又はこれを従業員に周知せしめなかつたという事実はないものといわなければならない。

又成立に爭いのない甲第二号証(就業規則)について、つぶさにその内容を検討するも、被控訴人等の主張する如く、右就業規則の内容が、甚しく封建的であつて、憲法その他各種労働法令において認められた労働者の権益を侵害するものであるとの論拠は、遂にこれを発見することができない。

更に右就業規則第七十条には、「この就業規則に規定する事項で、労働協約によつて別段の定めがなされた場合は、労働協約の規定によるものとする。」と規定されているから、右就業規則作成当時、仮りに労働協約が締結されていたとしても同就業規則は何等労働協約に違背するところはないものである。

以上のとおりであるから、本件就業規則の効力を否定せんとする被控訴人の主張は採用しがたい。

第二、結論

叙上各段にわたつて説明したとおり、被控訴人等が、本件解雇を無効なりとする論拠は、いずれもその理由がないものといわなければならない。

控訴会社が被控訴人等を解雇した当時においては、前述の如く団体協約甲号及び乙号は、いずれも失効していたのであるから、右団体協約の定めの如何に関らず、就業規則のみに準拠して、控訴会社において解雇の意思表示をなしたことは、固より適法であり、しかも本件爭議における被控訴人等の所為が、同規則第十条、第十一条、第六十五条の各規定に触れるものであることは、明かであるから、控訴会社が叙上各条規に則り、被控訴人等に対してなした本件解雇の意思表示は有効である。

しからば、右解雇の意思表示の無効なることを前提としてなされた被控訴人等の本件仮処分命令の申請は失当であるから、これを却下すべきものとする。従てこれを認容した原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決は取消を免れない。(民事訴訟法第七百五十六条の二によれば、仮処分を取消す判決には、仮執行の宣言をなし得るものであるが本件については諸般の事情を考慮し仮執行の宣言を附しないこととした。)

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 渡辺葆 判事 浜田潔夫 判事 牛山要)

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